CSSレイアウト講座 雑記帳 【天狼の系譜 ~幕間~】 星に願いを [3] 忍者ブログ

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【天狼の系譜 ~幕間~】 星に願いを [3]

 緩慢な動きで時が刻まれる現界。その唯中へと、『彼』は物音ひとつ立てる事無く姿を現した。
 その顕現はあまりにも静かで干渉も無さ過ぎて、きっと誰ひとりとして気付くモノはいなかった事だろう。ヒトたる事を辞め、既に肉体カラダすら存在せず、それどころか存在確率自体が0と1の狭間にある様な身である。世界の事象に『彼』が自分自身の行動で何らかの影響を及ぼす様な事は無きに等しい。まず何より、『彼』がシステムの歯車としてではなく彼自らの意思で何らかの干渉などしようとする筈も無い。全ての望みを叶える〝魔法そのもの〟と化したとはいっても、万能の神――といっても神は神で色々と制約も多いらしいが――になった訳ではないのだ。ようは便利な〝道具〟と変わりはしない。目的を持って使う者がいなければ道具だけで何が出来るというのか…つまりはそういう事である。

 ともあれ、『彼』は白の塔バベル以外の場所へと久方振りに足を踏み入れた。

(……どれ程振りかな)

 ささやかにしろ劇的にしろ、他に変化を齎す事はあれどあの場所バベル自体は変化とは無縁な場所だ。今回の様に敢えて同期でもさせない限り刻まれるべき時は無く、『彼』やその端末達以外には幻の様な夜空しか存在しない。繋がりのある次元や世界ばしょは多々あれど、どの影響も基本的には受け付ける事無くただありのままに存在し続ける。そんな場所から見れば、今降り立ったこの地は随分と賑やかかつ騒がしいモノに『彼』には見えた。
 かつてはこういった絶えず変化を続ける場に自分が存在していた時期もあったとはいえ、最早その時の記憶や感情すら風化して久しい。意思ある理システムの一部と化してから言えば、こうやって直接的に世界の唯中に降り立つ事自体も稀だった事もあって何だか知らない場所に迷い込んだ異邦人の様な気分である。

(ま、異邦人である事には変わりは無いのだろうけれどね)

 本来、内側に存在するべきではない自分という存在は〝世界〟にとって確かに異質であり異物でしか無い。早く用事を済ませて退散するのが吉だろう。
 気分を切り替えて『彼』は周囲を軽く一瞥する。

 そこは、酷く味気のない温かみの少ない場所だった。
 無機質な壁や天井に、これまた同じ様な色合いのタイル貼りの床。天井から伸びるアームに繋がる無駄に明るい照明器具。点滴用だろう血の詰まった袋を吊り下げた台。時の緩慢な世界でもゆっくりと計測数値を吐きだす血圧計や分娩監視装置。それ以外にも取り上げた子供の為だろう小振りの寝台、いざという時の為に用意されている酸素ボンベらしき物、何に使うのか良くわからない機材を乗せた金属製の台などがチラホラと見受けられる。
 そしてそんな雑多な部屋の大部分を占めているのが分娩台なのだろう、ベッドとしては少々異質な形をした寝台だった。上には白の塔アチラ側に残して来た彼女の身体ヌケガラが寝かされているのが確認できる。その周囲には出産の補助を行う医師か何かなのか。何人もの人が屯し、スローモーションで再生する動画のワンシーンの様な緩慢な動きで各々の職務に励んでいた。

 その誰ひとりとして、場違いにも出産現場に現れた部外者に気付いた様子は無い。
 それを疑問に思う様子も無く当然の様にその場に在る当の部外者は、紫紺の双眸を軽く細めてゆるりと首を傾げた。

(やっぱり……微かだけれど感じる。此処に居る・・・・・。…でも、誰だ?)

 ほんの少しだけ、感じるか感じないかといったぐらいの微かなものだけれど。
 こいねがう強い意志。気のせいでないならば、ゆっくりと時が経過するごとにその強さは増している気がする。
 しかし如何にもはっきりしない。近い事は分かるのだが、あまりに微かなモノ過ぎて、誰の願望ノゾミなのかがはっきりと判別出来ないのだ。

 少なくとも、この場に居る医師やスタッフらしき者の中からそれ程強い願望ノゾミを感じ取る事は出来ない。となると直ぐ外だろうか。振り返る。
 眼前には重々しい金属製の分娩室の扉があった。その向こうに数名の人間の存在を感じ取れる。一度確認しておくべきかと歩を進めた。わざわざ扉を押しあけたりはしない。現在の時間の流れの中では開くまでにかなりの時間がかかってしまうのだから、そんな非効率的な事はさらさら御免である。だいたい元より実体など存在しない身だ。障害物というモノ自体が合って無き様なモノである『彼』は、表情一つ変えずに分厚い鉄の扉をあっさりとすり抜けた・・・・・
 扉の先はリノリウムの床が延々と続く病院らしい廊下だ。随分と薄暗いのはこの世界・・・・における今の時刻が深夜とも早朝とも言える時刻だからだろう。シンと静まりかえっていて、カチコチと高い位置にかけられた時計の秒針の動く音が良く響く。そんな廊下の扉にほど近い壁際には横長のベンチが備え付けられており、先程感じた気配の主だろう――何人かの人影が見えた。

 夫であろう年若い男性が一人と、親族か何かなのだろう初老の男性二人に女性が一人という組み合わせである。誰もが誰も、不安そうな心配そうな表情で沈黙を守っている。中でも、夫であろう男はというと落ち着きの無い様子で腕を組み視線だけで時計を見ては分娩室の方を見て…という動作をしている最中であった。彼等を一瞥した『彼』は、しかし不満げな表情で一つため息をついた。



(……違うね)




 中で無いなら外の誰かかと思ったが、どうも違うようだ。

 確かにそれぞれにそれぞれが強い願いを抱いてはいる――無事に生まれてきて欲しい…だとか、早く生まれないものか…だとか、まあこういう時にお約束のモノだ――もののそれほど大した強さでも無いのだ。先程感じていた微かな意志の方が余程強い。その意志の声が遠くなった事からしてもやはり、彼女を代理で送りこんできた誰かは分娩室の中に居るという事で間違いは無い様である。

 しかし、分娩室の中に他に該当しそうな人物は誰ひとり居ないのは先程の走査で既に分かっている事だ。一体これはどういう事なのか。再び分娩室へと戻りながら思考を巡らせる。




(彼女を排除しようとする者の妨害工作…? いや、それならば別段僕の所へ送る必要なんて無い。もっと単純かつ簡単なやり方なら幾らでも存在する。まず、そんな風に正規の方法以外で接続アクセスする事は…僕が許していない限りはっきり言えば殆ど不可能。それに、当人が僕と接触を持つという事ならまだしも…他者の精神を送りこむ何て無理な話だ。大体、どんな方法にしろ僕と接触出来るなら願望ノゾミを叶えてもらった方が得だしね。……となると、これは自分の得の為じゃなく彼女の為に成された事・・・・・・・・・・というコトだ)





 しかも、もしもの話だが。出産中というあまりにもふさわしく無いタイミングにも関わらずこんな事が行われたという事は、逆にいえばこのタイミングでなければ駄目だった・・・・・・・・・・・・・・・・・のでは無かろうか。そう考えると少し違う視点が見えてくる。『彼』は分娩室に屯す白衣の一人へと手を伸ばした。現在の彼女の状況を知るには、出産中という状態で意識が朦朧としているだろう本人よりもその場に最初から居合わせた者の記憶を読むのが一番早い。
 軽く、本当に軽く。一瞬かそれより少しだけ長い時間だけ手近な人間の肌に指先を触れさせる。たったそれだけながら『彼』からすれば接触アクセスとしては十分だ。一気に雪崩れ込んでくる〝記憶〟という情報をコンマ秒単位の刹那の時間で全て閲覧してしまえばようやっと理解がいった。成る程。確かに、コレならば仕方が無い。


彼女を救う・・・・・為には、このタイミングしか有り得なかったという事だね。となると……)


 最早、誰が原因なのかなど分かったも同然だった。居場所も既に分かっている。願望ノゾミだってそこに意識を向けるだけで明確に聴き取れた。
 最後の確認という事で、先程までは朧にしか認識できなかったその声に改めて耳をすませる。


(嗚呼やっぱりね。……ならばもう此処に用は無い、かな?)


 全てわかったからには戻るとしよう。これ以上の負担は、残して来たフィアにとって精神的にも肉体的にも辛いモノとなってしまう筈だ。
 そうと決まれば動きは早い。場違いな部外者の姿は、瞬きするよりも刹那の間にあっさりとその場から消え去っていた。



※ ※ ※




 痛みにうんうんと唸るしかないフィアの眼前から『彼』の姿が消え去り、再び戻ってくるまでにかかった時間は一分にも満たなかった。それどころか三十秒も経っていないのではなかろうか。改めてこの空間の時間の概念というものが良くわからなくなりながら、フィアは戻って来た青年へとぐったりとしたままながら顔を向けた。戻って来たという事はそれなりに何らかの結論が出たという事だろう。『彼』が一体何を見てきたのかは分からないがその答え如何で自分の未来は決まるかもしれない。
 視線だけで話を促す。声を出す気力が無い事は相手も理解しているらしく、青年はひとつ頷くと口を開いた。


「原因は分かった。君が此処に居る理由も、誰がそれを引き起こしたのかも…ね」


 それは誰?
 疑問の色を浮かべる蒼瞳を見返しながら、『彼』は苦笑する。


「それを話す前に……」


――…パチンッ

 音が響くと同時に、不思議な違和感が意識を震わせた。何だろう、と疑問に思う前にふと気が付く。
 痛みが消えていたのだ。先程まで延々と感じていたあの気の遠くなるような痛みが。


「ぁ…、時間…を……?」
「こうやって全く違う流れの場所に隔離してない限り、時間を止めてしまうと何もかもが止まってしまう。心の動きも思考の流れも何もかも全てだ。それでは誰が何処から願望ノゾミを発しているか判別する事が出来なかったから、だからさっきはちょっと無理をさせてしまったけれど……もう必要ないからね。身体は大丈夫?」
「…何、とか…」


 全身を覆う疲労感はどうやっても抜けはしないが、それでも問題になる程では無い。逆に良くこの程度で済んだものだ。
 大きなため息を落としてフィアは寝台の上に横になったまま全身の力を抜いた。流石に疲れた。もう、暫く身体を起こしたくは無い。そんな脱力全開な姿を見たのだろう、淡い微苦笑を浮かべる青年はやれやれと言わんばかりの顔で近付いてくると「さて…」と前置けば、


「まずは何故君が此処へ寄越されたのか…その理由から教えておこうかな。実はね――…」


 肩を竦めて更に言の葉を続けた。


「――…君、どうも死にかけてたみたいなんだよね」


 フィアの思考が流石に停止した。…今、何と言った? この青年は。
 そんな彼女の思考を読んだのかそれとも大事な事は二度言う派なのか。『彼』はことさらゆっくりともう一度噛んで含める様に同じ言葉を繰り返す。


「君はどうも死にかけてたみたいなんだよ。その場に居る助産婦らしきヒトの〝記憶〟を視てみたんだけれど、何と言っていたかな……そう。分娩中に胎盤が剥離したとか何だとかで、出血が酷いらしい。まあ、それこそ一分一秒を争う…とまでは行かないけれどかなり危険なレベルな様なのさ。
 ――だから・・・君は此処に招かれたんだ。此処でならば、時は存在しない。君の精神が元の世界に戻るまでの間、身体カラダの方の安全も確保が出来る。……もっとも? そこまで打算が働いていたのかそれとも願望ノゾミの実現に至るプロセスとして君を死なせる訳にはいかなかったからか。その辺りまでは判別するのは難しいけれどね」
「…ぇ……え…あの…え…?」


 分娩中の胎盤剥離の危険性、というのは確かに出産前に赴く前に医師辺りに聞いていた気がするがそれが本当に起きたというのか。
 そしてそれのせいで死にかけている? そんな事を急に言われても、頭の回転が付いていかない。
 動揺するしかないフィアに『彼』は言う。


「何にせよ、本来の望みの主の最も強い願望ノゾミ……それは、君の命を救う事だ」
「それで……だからって、何で私が…ココに……!?」


 死にかけていただとか何だとか、非常にショッキングな事を言われて動揺はしていたものの時間がたてば多少は落ち着いてきた。ようやっと回り始めた頭でフィアは疑問を感じたままに口にする。
 別に、『彼』を惹き寄せられる程の願望ノゾミがあるのならば直接願えば良い筈だ。直々に説明されていた法則が確かならば、フィアがこの場所に来なくとも魔人の提示する対価さえ払えるのならば願望ノゾミは叶える事が出来る。それだというのに何故自らが『彼』との謁見を行うのではなく、こんな間接的なややこしいやり方をとったというのか。


「それは仕方が無いと思うね」
「何が……仕方が、無いの…?」
「僕は確かに願望ノゾミを叶える。でも必ずその工程プロセスに行く前に、願う本人の支払うべき対価・・・・・・・の内容と其れを確認した上での最終的な可否の判断・・・・・・・・・を求める。ソレ等は確実に消化しなければいけない工程で、決して無視したり略したりする事は出来ない。世界の改変を行うんだから…それだけ重い責任がそこに発生してしまうからね。アッサリと改変を許す訳にはいかないから、それなりの段階を踏む必要があるんだ」
「…?」


 だからどうしたと言うのだろう。
 放とうとした言の葉を、しかし『彼』は先に遮る様にして続けた。


「今回の望みの主はね……その願望ノゾミの強さ的には十分僕と出逢える資格を持っていたけれど、この必要な工程を消化する事が出来ないんだ。だから、願望ノゾミの内容的に最も関係の深い君が自動的に選択されて招かれた。僕はそう見ている。――…だからこそ、君は聞かなければならない」
「……何を?」
「〝君の命を救う〟という願いに対しての対価を。…そして、その上で君は決断しなければならない。願望ノゾミを叶えるか否か、どうするのかを」
「そ、そんな事…言われても……」


 フィアは流石にコレには首を横に振る。それはもう勢いよく。
 だってこれは自分の願望ノゾミではない。他の人が心の内に強く願った願望ノゾミの話なのだ。確かにこうやって白の塔バベルに来てしまっている事からしてもその資格はあるのかもしれない。しかしコレは、自分の命がそこにかかっている(かもしれない)とはいえおいそれと気軽に聞けるものでもないし、ましてや勝手に判断して良いモノだとは到底思えない。何といっても、対価によってはその望んだ当人が大変な目にあうかもしれないのだ。無茶にも程がある。


「む、無理無理…っ! こんな重大なコト私に任すなんて無茶よ…! 無謀でしかないよっ! ………ねぇ、どうにか出来ないの? どうにかして、その願った本人自身で判断してもらったりとかは……」
「出来たらこんな無茶な事は言わないよ」


 仕方が無いんだ、と『彼』はこぼす。
 どこか苦い顔をして。


「当人には、まだ〝言語〟という概念が存在していない・・・・・・・。今回の願望ノゾミだって、言葉としてではなく概念というか感情と言うか…とにかくそう言った、言葉に出来ないモノで僕は受け取ったのを翻訳したに過ぎない。そんな相手に対して対価の内容だの、それを確認した上での判断だの聞いてみた所で欠片も理解出来ないだろうからね……」


 それは一体どういう事なのだろう。
 思わぬ返答に目を丸くするフィアへと、青年は紫紺の瞳を向ければ深くため息をついた。
 呟く。




「今回の主原因……願いの主はね―――…君が命をかけて出産している真っ最中のお腹の中の子供・・・・・・・・・、当人なんだよ。冗談みたいな話だけれどね」


 …嗚呼、成る程。
 それは確かに不可能だろう。

 『彼』の今日一番の驚愕的な発言に対して、思わず納得してしまうフィアだった。


>>To be continued…




※あとがき※

 連続更新は正直ちょっと辛いです…ジョバンニが下りてきてくれたら!
 …まあ無理な事は無理だよね、ってことで。

 現実世界に降り立った『彼』が見つけた真実。
 その内容は、彼女からすれば驚愕モノでしかない事実だった。
 …という今回。
 結構ややこしい事になっているけれど、まあ仕方が無いんだよね。(苦笑)
 
 さてさて…それを知った上で、彼女はどんな決断をするのか…?
 『彼』はどう動くのか?
 続きは次回へ。

 ……次はどのぐらいでうp出来るかなぁ……。(遠い目)

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