CSSレイアウト講座 雑記帳 梅雨の雨は冷たく 【前編】 忍者ブログ

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梅雨の雨は冷たく 【前編】

 ずっと昔の事だ。
 誰に聞いたのかも覚えていないけれど、自分の生まれた日についてを聞いた事がある。

 それは、冬だったけれど珍しく少し暖かい日で。
 しとしとと静かな雨が降リ続く中で僕は産まれたのだそうだ。


 




 しとしと、しとしと。控え目な雨粒の落ちる音が鼓膜を震わせた。
 季節柄少し湿度の高い大気に更に湿度を提供するような、粒の小さな雨はただただ静かに降り続いている。その滴を全身に受けながら空を仰いだ。どこまでも広がる曇天は太陽の恩恵を封じてしまっていて、酷く暗く感じる。それが更に気温の低下を招いているからか、すっかり雨を吸ってじっとりと重い着衣は骨身に染みるほどに冷え切っていたが、実際問題現状の自分にとってはそんな事は既にどうでもよかった。

 そう、どうでも良かったのだ。
 少しずつ弱くなっていく鼓動に従って、身体の感覚は消え失せ始めている。もう座っているのかそれとも倒れているのかも曖昧で、まだ何とか周囲を目視する事が出来る視界には地面が映っていないからうつ伏せでは無いいうのが認識できるだけのこと。更に、正面を向けば空が見えるという事は仰向けに近い体勢なのだろうか。とはいえこれだけ視界は霞んでいる現在、その認識すら最早あやふやで信用できるものではないのだけれど。
 そんな状態だから、例え身体がずぶ濡れで冷え切っていようがいまいがそう代わりは無い様に思えた。少なくとも、今現在気にするべき事はそんな事ではないだろう。どうせこれからもっと冷えていく。そして、何時か熱量など欠片もなくなってしまうのだから。


 感覚は無いが、それでも多分右腕だろうものに意識を集中させる。動け、動けと叱咤する。痛みが無いのが救いかもしれない。いや、どちらかと言うと痛みが無いからいけないのか。今自分が何をしているのかも良くわからなくなりそうな現状に、せめて痛みがあれば自分が生きている事を自覚できるのにと小さく笑った。漏れたのは、本当に微かな吐息だけだったけれども。
 錆びついたカラクリが動くような緩慢な動作で、ゆっくりと右腕を地面から腹へと這わせた。ぬるりとした触感と少しの熱を感じ、少し深く呼吸をすれば鼻孔に感じるのは鉄錆の香り。嗚呼、やっぱり怪我は免れなかったかと苦笑しながら手をそろりそろりと動かせば、熱を帯びた傷口から何かが生えているのをようやっと認識する。

 それはとても堅かった。ごつごつとした表面は、長い間風雨にさらされて研磨されていたのか荒いなりにも凶器となりうる鋭さを秘めているのが、見えないなりにも感じられる。動く事が億劫な身体を何とか動かして視線を下せば、ずっと降り続いている霧のような雨に洗われている岩の槍のその表面は見事な紅に染まっていた。自分の、血の色に。


『動いては駄目よ…! 大人しくして!!』


 更に体を動かそうとした矢先、脳裏に響く凛とした声に動きを止める。隣に駆けよって来る何者かの気配に首をめぐらせれば、其処には純白の狼の姿があった。毛皮に覆われたその獣の顔は人とは全く違うものなのに、それでも表情の違いは何故か不思議と理解できた。人間の場合で表現するなら顔面蒼白、まさにそれだ。足場が随分悪いらしくあっちへこっちへと動きながら自分の元へと近づいて来たその狼には、当然ながら見覚えがあった。忘れるわけもない。相棒であり半身であり掛け替えの無い自分の従者である白魔狼だ。


「……やぁ、レナ…そんなに血相を変えて、どうしたの…?」

『どうしたの、じゃないでしょう!? 貴方、自分の状態がわかっているの!?』

「…あ、はは…どうだろう……何となくは、わかってるけど……」

『笑っている場合では無いわ……貴方は死にかけているのよ? 私との繋がりがあるから、何とか命を落とさずに済んではいるけれど』


 言われて思い出す。
 嗚呼そういえばそうだったっけ。でも何でそうなったのだったか。怪我が原因なのかどうかは知らないが、正直こうなる前後の記憶はかなりあやふやになってしまっている。自分は何をしていたんだったろうか。確か自分は旅をしていて、その途中に魔物の活性化で困っている村で助けを請われて、それで……? それ以上を思い出そうとしても頭はどうにも働かない。血が足りないのだ。圧倒的に。フラフラする頭を抱えた自分を余所に、魔狼は必至で自分を貫く岩の槍を切り崩そうとしている。下手に壊せば傷口が一気に開いて出血が多くなる為に、慎重にならざるを得ないのだろう。端からゆっくりと砕かれていくのをまるで他人事のように眺めながら、問うた。


「そういえば、何で、こんなこと…なってるんだっけ…?」

『……崖から落ちたのよ。避難の最中、逃げ遅れた子供を助ける為に魔物に体当たりをして…そのままの勢いで魔物と一緒にそれはもう見事に落ちて行ったわ。慌てて私も追ったけれど、間に合わなかった。……もっとも、途中で即死した魔物よりかはマシなのだろうでしょうけれどね』

「はは……そりゃ、死にかけも…する、か…」


 魔狼の視線を追えば、離れた場所に同じ様に岩の串刺しになっている魔物の姿がある。自分にしてもちらっと見えるだけでも見事な刺さり様だ。どうやらこの付近の地形は元からこういうものだったらしい。落下場所としては最悪の部類だ。更に運が悪い事に、崖上から崖下までの間に落下の勢いを殺すようなものは無かったということなのだろう。良くこれで生きていたものだと思う。それほど太くは無いにしても場所が場所だ。即死していてもおかしくは無かったのだ、との魔狼の言葉に思わず自分のことながら感心してしまったぐらいだ。
 …しかし、あまり実感はわかないがそれでも気配は確かにしている。死の予感。ひたひたと近づいてくるタイムリミット。実際、それはそう遠くもないのだろう。血は止まっていない。いくら岩の槍が栓代わりになっているとしても、今も雨と共に確実に流れ出しているのだから。


「レ、ナ……」

『喋らないで。無駄に体力を使っては駄目よ。……早くこれを抜いて、傷口を応急処置したうえで医師の所まで行かなければ…』

「…レナ……結局、魔物は、被害は…?」

『貴方が最後の一匹を崖から落としたわ。……多分、あの村はもう大丈夫な筈よ』

「そっか…ぁ………よか、た…これで、まだいました、だったら…無駄死にになる所、だったよ……」

『アレイク……死ぬだなんてそんな事は言わないで。まだ決まった訳でもないのよ?』


 真剣なその言葉にどこまで本気なのだろう、と思った。
 少なくとも、自分は今、彼女との会話の中でわかってしまったのだ。最早これは助からないレベルの、致命的な怪我だろうという事が。彼女との契約によって自分は少しだけ頑丈になってはいても、人間としての限界を超えた訳ではない。生命力は確かに伸びたが大怪我をすれば死ぬ事に代わりは無いのだ。それは彼女が一番よく知っている事だろうに。


「レナ……」

『大丈夫よ……大丈夫な筈よ…まだ時間はあるわ。貴方と私は繋がっているのだから、そのくらい分かるの。だから……』


 うわ言にも近い囁きの中、鋭い爪が魔力によって凍りつかされた岩を少しずつ破砕していく。その前足は震えていた。微か、なんてものではない。それこそどうしようもなく、がくがくと震えていた。彼女も分かっているのだ。それなのに認めようとしていない。いや、少しだけ自惚れてもいいならば…どちらかといえばそれは自分のためなのだろうか。彼女は自分を不安にさせないために強がっているのだろうか。
 そっと手を伸ばした。もう感覚なんて欠片も無い。それでも動いた事は奇跡だった。震えながらも伸ばした手で、彼女の前足をそっと包み込む。血で毛皮が汚れてしまうけれど、ただ、今は触れたかった。ぎゅ、と優しく握りしめる。


「レナ……もう、良いよ…もう、良いから……」

『何を言っているの…! 諦めるには…まだ……』

「例え…君が、僕をここから、救いだせたと…して……こん、な怪我を…治せる、様な、医師は…この近辺には…居ない」

『……っ』

「……それは、君も、僕も……知っている、こと…だよ、ね?」


 少なくともあの村は随分と小規模だった。近隣に大きな医院や施療院が無いから、魔物に襲撃されても治療が出来ないのだと……そう言っていたのを思い出す。そしてあの村に辿り着くまでの間、人里らしきものは何処にも無かった事も。あの村がアスータ・リナ程の規模の都市だったならば助かる道も残ってはいたかもしれないが、こればかりは仕方が無い事だ。そう、どうしようもなく仕方が無い事なのだ。


「……ごめん、ね」

『何故…貴方が謝るの。私が護り切れなかった……そのツケがこれなのよ?』

「僕は、そう、は……思って、ない…けれ、ど……」


 謝罪される筋合いなど無いという魔狼を撫でてやろうとしたけれど、もう身体は動かなかった。目を開いていようと思っていても、自然と瞼が下がって来る。きっとこのまま目を閉じれば眠る様に動きを止めてしまうんだろうという予感がする。口を開くのも億劫で、息を出来ているのかも不確かだった。本格的にタイムリミットが迫っている。でも伝えないと。
 もう声を出すのは無理だったから、意思で招いた。声なき呼び声を理解して近づいてきた毛皮に、そっと身体を預ける。僅かに感じたヒンヤリとした冷気に、意識が少しだけ明瞭さを取り戻した。伝えるならば今しかない。多分、次の波が来ればもう耐えきれない。だから声にならない声で紡いだ。彼女には聞こえる筈の言の葉を。


『ごめん……レナ、僕は…君を置いていってしまうね』


 約束があった。
 まだ物心がついたばかりかそこらの、幼い頃の話だ。

 契約に縛られ、ずっと自分の一族に縛られて生きていかねばならない魔狼の定めを知った自分は言った事がある。
 何時か大きくなったら…君達がこんな契約に縛られず自由に生きていける様な道を見つけ出して見せる、と。
 そして、呆れかえる魔狼を前に誓ったのだ。


『それまでは…ずっと一緒。……そう、誓ったのに…護れそうに、ないや…』


 息を吐くのと同時に、喉の奥から血がせりあがってきて少しだけ咽る。口の中に広がる生臭い香りと味に眉を顰めつつも、笑うしかなかった。こんな時なのに思い浮かぶのは全く違う別のことばかりだったからだ。師匠の厳しい修行に付いていくのがやっとだった、幼い頃の事。初めて魔狼と逢った時の事。里から初めて外に出た時の事。その後色々な場所を巡った事。アスータ・リナに辿り着いて、其処で暮らした短い様で長かった日々。そこで出会った人々との思い出。時に朧に、時に鮮明に思い出せる記憶の数々は、今思えば色々あったけれどそれなりに充実していた証拠にとても色鮮やかなものだった。
 それでも、心残りはある。


『私より先には、死ぬなよ……アレイク』


 脳裏に再生される双子の妹の声に、唇を噛む。死にたくなんて本当は無かった。もっと生きたかった。出来るなら自然に寿命が尽きるその時まで。本当は自分は生きて帰らないといけないのだ。レナとウタリとの約束を果たすためにも。でももう遅い。もう間に合わない。奇跡なんて都合良くは起きたりはしない。あるのは純然とした結果のみ。
 魔狼に預けてある身体の感覚すら無くなって、意識が冷たい闇に呑まれていく。強制的に世界から引きずり下ろされる感覚。その事にほんの僅かに恐怖にも似たものを感じたが、それすら直ぐに霧散した。何とか開いていた瞼も鉛のように重くて、ゆっくりと下に落ちていく。これを完全に閉じたらもう目覚める事は出来ないだろう。
 死は、もう其処まで迫ってきていた。













 …その時だった。



 …ドクン。


 今の今まで動きを殆ど止めていた心臓が、異様な音を立てたのを感じた瞬間。
 全身に狂いそうなほどの痛みが駆け巡った。


「がぁ、あ、ぁあ、ああああぁぁぁあああああっ!!??」


 闇の淵に沈みかけていた意識が急激に覚醒する。あまりの痛みに声を抑えられない。ただ叫んだ。涙すら滲む瞳を薄らと開ければ、自分を見下ろす女の氷蒼の双眸とぶつかった。レナレンス・F・フリージア。氷風の白魔狼。その身に秘めたる強大な魔力が、強制的に自分の心臓を動かしこの身を一時的に蘇生させているのだと気づくのに時間はかからなかった。でも、そんなもので長くは持たない。全身に回すべき血そのものが最早足りないのだ。もって数分、それを理解しているだろうにただでさえ魔力を食う人型に変じてまで何をしようとしているのか。
 その瞳に見据えられ痛みに動く事も出来ない自分の腕を、彼女は片手で引いた。同時に、腹を貫く岩の槍に添えた掌が地面と自分を縫い付けていた部分を瞬時に砕き切る。傷口も塞がれぬまま、ろくに力の入らない身体を無理やりに引きずり起こされる激痛に悲鳴を上げれば、そっと抱き寄せられた。


『……貴方が何と言っても、私は諦めない。諦められないの。このまま死なせたりなんて許せない。ましてや、貴方が死んだ後新たな主を受け入れるのもね。――だから……』


 耳元に唇を寄せる気配がする。


『貴方の全てを、私が貰うわ。その代わり、私の全てを貴方にあげる。……例えそれが、貴方との約束を反故にしてしまうものだとしても』


 何を、と問う間など欠片も無く。
 その言葉を聞き終えると同時に、自分の意識は彼女の手によって強制的に闇へと沈んだ。




※あとがき※

 FVW卒業後のツキアミ兄妹の歴史をたどる【AfterSide】の二本目は、アレイクがメイン。
 二本目にしてかなり衝撃的な展開となりました。
 結構展開がダラダラしちゃったかなとは思うけれど、とりあえずこんな感じです。
 死にかけです。
 どうなるのかは続編にて。

 時系列的には、ちょうど中間地点あたり。
 夏も間近にせまっている、ある梅雨の日の出来事。
 これが彼と彼女にとっての一つのターニングポイントにあたります。

 ちなみに。
 最初書いたのではかなりグロかったのでやめました…こう、描写とかね。(滅)


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