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誕生日。
それは、世界中の生きとし生きる者全てへと、一年に一度必ず訪れる大切な記念日。
一人に一つだけの、祝福の日なのだ。
【 アンハッピーバースデー? 】
「………で?」
「お祝い……したい…の」
「いや、それは分かるんだがさ……」
何処かぼんやりとした表情ながら何時もは物静かな瞳の奥に静かに燃える熱い炎を認めながら、シリウスは半眼でため息をついた。
何時も唐突に妙なことを言い出す目の前の少女(カナエだ)とその弟には常日頃ハラハラさせられたり色々と苦い目を見させられているものだが、いやはや今回はいったい何を言いたいのだろう…そんな表情である。
彼は今、とても困っていた。
「お祝いしたいのは分かった、その相手も。…で、何でそれを僕に言う訳?」
「だって、……お祝いしたい、から…」
…さっきからずっとこの調子なのだ。
度重なる堂々巡りの会話を続けていく中で、何とかお祝いの理由もしたい相手もちゃんと聞き出せている。しかし、どうにもその先が出てこない。
お祝い相手のことを考えるに、この少女と弟の二人が力を合わせてやることであろうに、何だって自分へと話が回ってくるのだろうか…とは思うのだが。
「ぁー…だから、だな…」
シリウスは紫紺の双眸を細め、どういったものかと言葉を捜した。彼は如何にも、母親に似て人とのコミュニケーション能力が今ひとつ低い。
せめて、そのあたりの能力が父に似て無駄に高い(高すぎるとも言えた)姉がこの場に居ればいいのだが、しばらく前に暇そうなのを捕まえて(言うまでもなく、荷物もちに駆り出したのだ)市場に買い物に行ってしまっている。
正直、お手上げ状態だ。
「どう言ったら良いもんかな…」
『あら……如何したのシリウス。悩み事?』
「その年齢で悩みを抱え込みまくってるよーじゃ、将来ハゲるぜ?」
「………ぁ」
「……余計なお世話…って!?」
ため息交じりの独り言に予想外に返って来た返答は、幼少時から聞き慣れたものと最近無駄に聞き慣れ始めているもののふたつだった。思わず振り返れば、扉を無音で開けて滑り込むように入り込んでくる白と黒の姿を認める。
「れ、レナ姐ぇに、ル・フゥさん!?何時から聞いてたんだ!?」
「ざ~っと……どんくらいだっけ?レナ」
『堂々巡りが始まったばかりぐらいから聞いてたわよね、廊下で。そろそろ不毛な会話はやめたら如何?』
「………その不毛な会話が何回も繰り返される前に入ってきて欲しいもんだけどな、普通」
「シリウス……お客さんに、失礼……ね?」
「………」
如何にも自分には味方が(現時点では)居ないらしい。
胃がキリキリ言い出すのを堪えつつ、小さくため息をつけば、
ぽっぽっぽ、ボーン、ボーン、ボーン
三時のおやつ時を告げる部屋の鳩時計に、その小さなため息さえかき消されてしまったようだった。
※※※
「ははぁん…なるほどな。そーゆーコトか」
「そういう、こと…」
あの後、すっかり意気消沈ダウン状態のシリウス(部屋の隅で窓の外を眺めつつ黄昏ていた)を横に、カナエと客人である男の会話は続いていたようだった。
話には聞いていたし実際に様子を見ているに、道化師だというのはうそではないらしい。実際話術も巧みだし、妙な手品や小技はたくさん持ってるし、何より嘘も上手だ。父から聞いた彼の師匠と同じ道を着々と歩んでいるのが透けて見える。
そしてどうやら彼は、その特異な話術でカナエの要望をほんの数分で聞き出してしまったらしい。…先ほどの堂々巡りが馬鹿らしくなってくる。時間を本気で返して欲しい。
「……で、結局なんだった訳だ?」
「誕生日にケーキを作りたいけど、実際に上手く作れる自信が無いから手伝って欲しい……ンだとさ」
「そう、作りたい…の………ダメ?」
「や…別にダメじゃないけど。それなら、姉さんに言ったほうが良いんじゃ…」
カナエとコウという父の友人の子供である姉弟と共に、ツキアミ家の双子がパーティを組むようになって早数ヶ月。この短い生活の中で数少ない分かった事の中に、料理の腕前があった。
成功例だけを言うならば、1番が姉のセリス、続いて自分、その次にカナエ、紅…といった感じである。ところがそれぞれに長所短所が存在しており、上位に入るシリウスにも一つの大きな問題があった。
「……カナエ、ソコは俺もシリウスの意見に同意なんだが」
『確かにそうね…リスクが高いわ……材料不明、なのよ?』
「幾ら美味いからって、超えたらいけねぇ線ってアルだろ?」
……そう、母に叩き込まれた極限生活で生き延びるためのサバイバル術。その恐ろしい弊害がこれだ。それは幼少の彼の人格形成にだけではなく、料理の方針にまで影響を与えてしまっていた。
彼の料理は、とても美味しくそれなりに見目も良い仕上がりだ。しかしその材料は……聞いてはならない。聞けば、死ぬまで後悔すること請け合いという恐ろしいモノなのである。
「それは、…その……否定は、しないけど…」
「……」
非常に複雑な表情で沈黙するシリウスには気づかず、カナエは意を決したように顔を上げ、何時に無く真剣(に見えなくも無い)表情で口を開いた。
「……セリスに、頼むのも……今は、リスクが…ありすぎる気が、するわ…此処は、家じゃないもの…」
「……ぁー」
「……否定できないのが辛いトコ、か……」
シリウスの双子の姉、セリス。
その料理の腕前は、味といい見た目といい父親(母親でない所がミソである)に似てなかなかのものだった。…ただし、それだけの料理が出来るには対価として必須事項が幾つか存在する。
レシピの存在、材料・料理器具が全部揃っていること。
もしこの二点を守れなかった場合に作られた料理は、見た目こそ美しくとも阿鼻叫喚の地獄絵図を創り出せるほどの味になるという、恐ろしい曰く付きなのである。
レシピと材料は何とか揃えられたとしても、頼んで借りた厨房に調理器具がそろっているとは限らない。あまりに危険な賭けだと、道化師と双子の弟は言いたいのだ。
「あら……何が否定出来ないんです?ル・フゥ」
「「「!!??」」」
その場にいたほぼ全員の背筋が一瞬ひやりと冷えた。
冬の外気が隙間風として入り込んできたわけではない。思わぬタイミングで聞こえた発言の、その声音。それの温度がなせる業だった。
『あら、お帰りなさい。セリス』
「えぇ、ただいま帰りました。そして御機嫌よう、レナ姉様にル・フゥ。ついつい、色々買い込んでいたら遅くなってしまって……でも、かなり値引きはして貰ったので安心してくださいね。コウ、シリウス」
「凄かったぞー、アレは詐欺師になれるね。あんだけおまけつけてもらって、普通この値段は無理だって感じだったしさ。……って、何だレナにル・フゥのにーさんじゃん」
にこやかに微笑む(ただし目は笑っていなかった)紫紺の髪の少女に続いて、その後から大量の荷物を手にふらふらと部屋に入ってきた少年は、珍客の姿に気づいたのか小首を傾げる。
「それで、一体何のお話をしてたんでしょう?私にも教えてもらえますか?」
『カナエが誕生日ケーキの作る手伝いを探しているそうよ?』
「そうなんですか?言ってくれれば良かったのに」
「そ……そう、…でも忙しくない、かな……と思って」
「ケーキなんてそんな、時間がかかるものじゃないです。大丈夫ですよ…ね?」
「……は、い」
「………なし崩しの上で決まっちまった…カンジ?」
『みたいね』
「え?あれ?…何か、俺のいない間に不穏なことに??」
「……」
どうやらまたひと騒動おきそうである。
混乱したようにきょとんとしているコウの手から買い物の品を受け取りつつ、シリウスは先ほどより大きなため息を落とした。
※※※
宿の厨房を借りた(一同は、偶然(本当に偶然なのか、今思えば甚だ疑問が大きい)買ってきていた材料、そしてレナが自分の主人から聞き覚えていたというケーキのレシピを元に、早速誕生日ケーキの作成に入ったのが、おやつ時を過ぎた頃合のコト。
運よくレシピも調理器具も材料も今回は揃っていたことと、作業のほとんどをカナエとコウが担当する形にする、と何とかセリスを説得したことでケーキ作りは実行されることになった。
ちなみに、大人と白魔狼は見学という形で、食堂のほうに待機中である。
凸凹仲良し四人組の料理現場。
それはもう、…トラブルが無いほうがおかしいというものだった。
その一部を抜き出すと、大体こんな感じである。
「レナ姉様によれば、まずは薄力粉とベーキングパウダー、あとシナモンを合わせ、振るいましょう」
「ふるい……これ、かな…?」
「それはザルだぜ、ふるいはこっち!」
「蒸籠持って、堂々と何言ってるんだ」
「粉をふるうのはカナエに任せましょう。その間に、このリンゴとサツマイモと……うんしょ、っと!」
「姉さん…何、その…トゲトゲしたヤツ…」
「パイナップル、です!これらの皮を、コウには剥いてもらいますね?」
「ちょ、コレ軽く無茶ぶりじゃねぇ!?」
「トゲトゲ…痛そう……」
「ふるい、終わったの……」
「では、次に卵とこの三温糖をよくかき混ぜましょう。しっかり溶かしてくださいね。後で菜種油も加えますから、ぐるぐるって混ぜてください」
「分かった、わ……ボウル、ボウル……あっ!」
「あ、危ないなカナエ!?危うく落としかけだったじゃないか…!」
「シリウス、ナイスセーブ!」
「そう言いつつ、ソコの菜種油を落としかけるなソコッ!?」
「コウ、先ほどカナエがふるってくれたコレに、この塩と重曹を加えてください。しっかり混ぜてくださいね?」
「りょーかいだぜ、任せとけっ」
「ちゃんと、分量……守るのよ?…コウ」
「…ぁ」
「ぁ、って何!ぁ、って!?」
「さあ、リンゴとパイナップルをさっきコウが混ぜてくれたものにいれて、しっかり混ぜ合わせてくださいね。その後で、カナエが混ぜてくれたモノを入れますからコチラもしっかりと!」
「私、やるね…?」
「僕は手伝わなくて良いわけ…?」
「「「シリウスは普通の材料使ってる時は絶対に手を出さないでください!(出さないでくれ!)(…です…!)」」」
「…。……。………」
「さあ、しっかり混ざったらソコに用意した天板に平らになるよう流し込んでくださいね?…あ、シリウス。ちゃんとオーブンシートは敷いてます?」
「忘れるわけないだろ」
「平らに、平らにー…何かちょっと粉っぽいが大丈夫なのか?」
「後で、焼いてたら……水分、出てくるって…言ってたわ」
「さて、じゃあ最後は…オーブンで焼けばよかったよね?姉さん」
「いえ、そこは私に任せてください!通常の六分の一の時間で、焼き上げて見せますから!……猛き業火、その欠片を我が導きによりて…」
「ぁ……セリス…!」
「待て待て待て待てえええええ!!??導術はヤバいだろいろんな意味でぇえええ!?」
「ああもう!?頼むから普通にオーブンで焼いてくれないか…!!??」
そんなドタバタが厨房内で繰り広げられているその頃。
宿の食堂の一角に腰掛け、白と黒の姿がある。
時折響いてくる物音や声に、頬を引きつらせて黒の影が白へと問うた。
「……なぁ、レナ……」
『あら、何かしら?ル・フゥ』
「…や……何か、良いのか?アレ。放っといて」
『毎度のことよ。今更でしょう?それに……』
「それに?」
『退屈しなくて良いわ。長い生を生きている者としては、ね』
「……おいおい」
※※※
後日。
とある街の、とある若き夫婦の下へと小さな客人が現れた。
純白の毛並みに青の瞳をした其れは、小さな子魔狼の姿である。
額に「冷蔵:お届けもの」という咒符を貼られたその獣は、届け先の家へと上がり込みあまつさえテーブルの上に飛び乗ると、住人の姿を探すように首を巡らせる。そして、その視線の先に目的の人物を認めれば、一声小さく鳴いてあっという間にラッピングの施された箱へとその姿を変えてしまったようだった。
「銀星さーん、何だか届け物が届いたみたい。……多分、あっくん関係かな?」
「ぉー?……嗚呼、その咒符かぁ?こりゃ、アレイクとは違うだろ。匂いからして…子供の方だ。うちのも関わってるカンジだが」
「コウとカナエが?……何でしょーね?」
「何で、ってそりゃ……まあ、開けてみりゃ良いんじゃねぇ?…コイツにも、エルミナ様へ…ってあるしな」
のそりと家の奥でソファに寝そべっていた男が立ち上がると、箱と一緒にテーブルに残った咒符(既に魔力は使い切ったか、残っていない)を手に取りひっくり返しつつ、箱を手に首をかしげる女へと答えた。
ざっと見てみた感じでは完全には理解できないが、残された魔力の気配からしてどうやら例の魔狼の魔力を借りて冷蔵輸送していたらしいのだけは分かる。いやはや、なかなか器用なものである。
「わぁ……これ、ケーキ…かな?ちょっと変わってるけど」
「みたいだなぁ。リンゴにパイナップルに…こりゃサツマイモか。また変わった組み合わせだが、美味そうだ」
「…で、こっちは手紙…と。あの子達からの報告かしらね」
「さぁて。……茶の用意でもしてくる」
何のために、子供達がわざわざ(多分手作りだろう)あんなケーキを運んできたのか。それを分からないほど(少なくとも)この男は鈍くは無かったらしい。
何時気づくのやら、とでも言うような表情でキッチンへと消えていくその背中を見送りつつ、女は手紙の封に手をかけたのだった。
※※※
『そろそろ、届く頃合かしらね』
「レナ姉様の力を借りた移送術式なら、半日ぐらいでつく筈ですものね」
「……喜んで、くれる…かしら。誕生日…ケーキ……」
「そーだな、折角の力作だったもんな。…一口、喰いたかったもんだけど」
「贈り物をつまみ食いするヤツがあるか…っ。…まあ良いけど、皆も作るのに散らかした材料を回収して欲しいもんだけどな。粉系とかは使い切ってないから、ちゃんと早めに閉まっておかないと湿気るだろ」
「うぃーっす、分かってるってシリウス。ちゃんと片すって……えーっとこっちが薄力粉で、ベーキングパウダーとシナモンと……ぁ」
「…ぁ?」
「ほら、俺が頼まれて買ってきた三温糖……なんだけどさ」
「はい、三温糖は確かにケーキに使いましたね。でも十分余っていた筈では無かったでしょうか…?」
「あぁ、うん、そうなんだけど、さ…えーと、その…」
『…あら、その袋……桃朱岩塩ってあるわよ。それも買ったの?』
「…岩、塩?」
「え、三温糖じゃなかったのか?これ」
「や、でも違うよな!だ、だってほら、セリスが一応味見してくれてたじゃん!んで、大丈夫だよーって太鼓判を押してたし!」
「……コウ、セリスは激しい味覚オンチだったの忘れたか?」
「!!!」
「……ってことは」
答えは、言わずもがな。
今頃、何処か遠くの地で悲鳴の一つも響いているのだろう。
悲鳴どころか、怒声か罵声かもしれないが。
そんな光景を想像して青い顔になる子供達を横目に、窓辺に腰掛けるル・フゥは遠い目をして外を眺めた。陽も落ちて、月や星の映える青空を見上げれば、思い出すのは懐かしい顔だ。
「……コウのあーいうトコは…遺伝なんだろうな、ぜってぇ」
世代を超えて受け継がれた何か(トラブルメーカーとしての才能だろうか)に、もっとマシな物を遺伝させとけよ…だなんて。呟いたのを聞いたのは、こんな騒動も他人事として楽しんでいる白魔狼だけだった。
誕生日。
それは、世界中の生きとし生きる者全てへと、一年に一度必ず訪れる大切な記念日。
一人に一つだけの、祝福の日なのだ。
まあ……たまに、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる様なコトがあるのだとしても。
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