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其処は、夜よりも尚深く静かな闇が満ちていた。
一体、此処は何処なんだろうか。
周囲を見回してみるが判然としない。あまりに暗い闇に、闇夜も見渡せる私の眼をもってしてもこの空間に別の何かを見出だすことは不可能なようだ。何より、此処には音も気配も何も存在しないように感じられるから、探るだけ無駄なのかもしれないが。そうなると、余計に最初に感じた疑問が気になってくる。
此処は何処だ?
少なくとも、自発的に来た記憶はない。気が付けば此処に佇んでいたのだから。それを除いても、こんな特異な空間の場所にも辿り着く手段にも心当たりは無いのだが。
(アレイクの妙な術実験にでも巻き込まれたか……?)
若い頃からその傾向はあったが、最近は更に研究に熱が入っている様子を見た双子の兄を思い出した。一体何の研究なのかは知らないが、気をつけてやらないと寝食を忘れるぐらいの集中っぷりで、あの様子ならばあり得なくもない…と思わず苦笑する。ここ十年以上を里の長としての仕事に忙しかった彼は、つい先日、その任を後身に譲った事でようやく自由な時間がとれる…と喜んでいた。喜び勇んで研究だの実験だのを始めたは良いが、うっかり何か失敗をやらかしてそれに巻き込まれたのかも知れない。
まったく、困ったものだ。我が兄ながら呆れてしまう。双子のくせをして性格がまったく似ていないのは、男女の違いもあるのかもしれないが、やはり育った環境が重要なのかもしれない。見た目はそっくりなのに、と良く言われるぐらいだからか余計にその差異が目立つ気はする。
(とりあえず、術に関しては私はよくわからないからな……どうしたものか)
母の腹の中に居た頃、双子の兄に全ての才を吸い取られでもしたのか。術士の家系に産まれた身ではあるが適性が欠片も無かったらしい私には、まったくと言って良いほど対策が思い付かない。とりあえずは、誰かが何とかしてくれる事を待つしかなさそうだ。
しかし…ただ待つだけ、というのはなかなか退屈ではある。多少ならば動き回った所で問題は無いだろうか。危険を感じたら引き返せばすむことだろう。多分。
そんな自問自答の末の結論に従い、少しではあるがこの謎の空間を探索してみることにした。
まったく周りを見通せない闇の中ではあるが、そんなのは昔、旅暮らしに生きていた頃にも良く体験したものだ。確かに、不自然な程に深く暗い様は今までの人生の中でも見たことがレベルであるが、だからと言って今更臆するほどのものでもない。
目は役に立たないので、ゆっくりと手探りで闇の中を進んだ。音に耳をすませ、気配を探り、大気の動きを肌で感じ、何かあれば直ぐに対処出来るようにと意識を研ぎ澄ませる。そして気付いたのは、進むに従って明らかに空気の温度が変わっていると言うことだ。最初はそれほどでも無かったが、今では少し鳥肌がたつほどの冷気が満ちているのを感じる。
(………何だ?)
あまり良い感じはしない。
本当ならば引き返すべきなのかもしれない。
しかし妙に気になった。
だから、何も見えない闇の中を更に先に進もうとした……その時だった。
「………駄目だよ、それ以上は」
引き留める声と、腕を掴まれる感覚。
振り返れば厳しい顔をした兄の姿がある。
どういう原理か、闇の中でもその姿は紛れる事無く目の前にあった。
「…でも、この先が気になる」
呼ばれている。
そんな感じさえするのだと訴えれば、その眼差しは更に厳しさを増した。
「それでも、駄目なものは駄目」
やんわりとした口調で、しかしきっぱりと断言される。ならばと腕を掴む兄の手を振り払おうとしたが、それも出来なかった。逆にぐいと引き寄せられる。自分より少し大きな掌がそっと目元を覆った。
「……さあ、目を覚まして」
何の事だろう。
聞こえた囁きにそう思うより早く。
意識がプツリ、と切断された。
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