思い起こせば。
自分の周囲には、昔からそれはもう色々な存在が居た。
例えば…木精のシンシア。
小さい頃にこけて転んで泣いてたら、直ぐに近付いてきて傷を見てくれた上に薬草で治療までしてくれた。
グリフォンのアランドール。
元々運動が得意じゃなくてあまり走るのが速く無いのを気にする自分を、良く背に乗せて駆けまわってくれた。
ペガサスのランスロット。
昔から空を見るのが好きで空に憧れる自分を、空の旅に誘ってくれたのは彼だ。
ケルピーのアリア。
一度川遊びの際に溺れた事があったが、直ぐに泳いできた彼女に助けて貰ったことがある。
他にもまだまだ沢山居るけれど、名を挙げだしたらきっときりが無い事だろう。
彼らの大体は父の古い知り合いであったり、或いは偶然家に迷い込んできたり、怪我をしている所を自分や父が保護してきたり、学校帰りの道でばったり出会って意気投合したり、両親に仕込まれた召喚術の修行の中で呼び出した後に離れ難くなったのか家から帰らなくなったり…といった様な、そんな間柄の者が殆どだった。
今思えば、下手をしたら人間の友人より彼らの様な人外の友人の方が自分は多かったかもしれない。実際、中には親友や家族の様に接して居た様な者だっていたのだから。
勿論、彼らだけでは無い。
何時だって自分を時に厳しく時に優しく(優しすぎて困る事もあったけれど)見守ってくれていた両親や、放浪癖と酒を勧める悪い癖があるけれど面白くて頼りになる伯父や、それ程多くは無いけれど同じ学校に通っていた友達や、この戌亥ポートアイランドは長月学院に留学してきて得る事が出来た友人知人仲間達だってそうだ。
皆が皆、自分にとって大切な存在だった。
自分にとって『護りたい』存在…それだけは確かだったのだ。
「――…君が『護りたい』その全て……その全てのモノとの『関係性』を頂こうか」
「かんけい…せい……?」
それは一体どういう事なのだろうか。願望を叶える対価として提示されたソレは、今ひとつ理解できないものだった。『関係性』というのは一体どういうものなのか。それをこの塔の主である『彼』は貰うという、その結果に訪れるものは何なのだろうか。
怪訝げな視線に気付いたのだろう、分かり難かったかな…とぼやく『彼』は改めて言い直して来た。噛んで含めるかの様な口調で、ゆっくりと語る。
「君が『護りたい』その対象全てから、セリス……『君に関する記憶』を貰う…という事さ。皆、君の事を思い出せなくなるし、それ以降は幾ら君が対象者達との間に交友を持とうとしてもその記憶もまた消去される。決して、再び、同じ関係に戻る事は無い。それは親子でも親族でも恋人でも友人でも知人でもまったく知らない赤の他人でも変わらないよ」
更に、と『彼』は続けた。
「勿論、新たに君と知り合った者が居たとしてもその相手を君が『護りたい』と自覚した途端に、やっぱり其の相手からも『君に関する記憶』は消え失せる。――…これが、この条件を聞いた上でそれでも願望【ノゾミ】を本当に叶える道を選んだ場合、君の周辺に起きる事だ。君が支払うべき対価になる」
「な……っ」
「……言ったでしょう? 改変には其れ相応の対価が必要となる。特に、根底を覆そうとすればするほどに。君が求めるのは、天与の才の改変。生まれ持った其れを変えようと言うのだから、やはり捻じれは大きくなる。そうなれば、その捻じれを補填する為に支払う対価だって自然と重くなるものさ」
まあ身体の一部だの命だのを対価に求められる人よりはマシといえばマシじゃないかな、と微笑む姿は見た目に反して恐ろしいものにしか感じられない。何を言っている。いや、言っている事はわかるがそれでも、何故そんな事を口にしておいて笑えるのか。理解が出来ない。
「何にせよ、全ては君の決定次第。僕は全てのカードを見せた。選ぶのは君だよ……セリス=マジョリス。諦めて再び日常に戻るか、それとも護るべき対象から忘れ去られても尚『力』を求めるのか。二つに一つだ」
さぁ、どうする?
言外に告げられた問いかけに、しかし…少し考えさせて下さい、と答えるのが其の時自分に出来る精一杯だった。
※ ※ ※
どうするべきなのだろうか。
自分で自分に問う。
あの後、塔の主は「じゃあ決断出来たらまた呼んでくれたらいいから」と一言言い置くとその場から幻の様に消え失せた。残されたのは座る者の不在な浮遊椅子だけで、まるで其処には最初から誰も居なかったんじゃないだろうかと錯覚すらさせかねない光景だった。
それでも、気配は感じる。先程までは故意に隠していたのか…それとも今は姿を消したまま自分を見守っているのか。何にせよ誰かがひっそりと其処に佇んでいるかのようなそんな微かな気配だけを感じながら、椅子の上で膝を抱え空を見上げながら考え込む。
これは一つの転機だ。
逃せば多分二度とこんなチャンスは無いのだろうと言うのは、何となくわかっている。
そしてそのチャンスをモノにしたいと願う自分が居るのは確かな事だ
でも…そのチャンスを得る為に払う事になるだろう代償は、あまりに重過ぎる。
改変の対価なのだから、そのぐらいは当然と『彼』は言っていた。
それでも、それはとても辛い代償だ……自分が『護りたい』者達から忘れ去られてしまうのだから。
別に、相手から感謝して欲しいとかそういう想いからこんな
願望を抱いたつもりは無い。
忘れ去られて居ようと、自分にとって大切な存在であるという認識自体はどんな事になっても変わりは無いのだろう。
だからこそ彼らが自分を忘れてしまって覚えていなくても、きっと自分は彼らを『護りたい』と思うし、そう在ろうとする。
それだけは確信していた。
でも、其れで良いんだろうか。
理由は立派なものでも、過ぎた力を望んでいる事に違いは無い。
そんな自分勝手な我儘の様なもので、『彼』曰く世界を改変…何てモノを行っても良いのだろうか。
(いや、違う…)
そうじゃない。
これはただの自己満足なんだから、周りは本当は関係ないのだ。
結局、自分はどうしたいんだろう。
何を望んでいるんだろう。
(……僕は……皆に、忘れられるのは嫌だよ。皆を護りたいのは本当。でも、……これじゃ願いを叶えたとしても、悲しいだけだもの…)
忘れてなんて欲しく無い。
だから、
願望を叶える訳にはいかない。
「――…決めたみたいだね」
「うわっ!?」
気がつけば、目の前…先程まで空っぽだった椅子にゆったりと腰掛ける青年の姿がある。何時の間に座ったのか、その瞬間を見た覚えは無いのに当たり前の様にそこに居る姿は少々心臓に悪かった。
「ぁ……えっと……」
「大丈夫、言わなくても分かってるよ。君の心は、既に定まっている。そうでしょう?」
「………はい」
これは、本当に大きな転機だったのだろうと思う。生きているうちに何度か訪れるかもしれない、とても大きなチャンスのひとつではあったのだ。でも、その為に大切な人達との関係を失うくらいならば、チャンスなんて投げ捨てても良い。それが、自分の結論。
「まぁ、君の様な人間は大体そういう結論に落ち着くものさ。……でも、うぅん…僕が言うのも何だけれど、勿体無い話だなぁ……」
「あはは…ですよね。でも、失いたくないんです。皆が大好きだからこそ、余計に」
『彼』はその言葉を予想していたのか、言葉で言う割にはがっかりした様子は微塵も無かった。叶えない道を選ぶならそれもまた良し。そういうスタンスなのだろう。実際、今までどれぐらいの数かは分からないけれど
願望を叶えずに『彼』の前を去った者も居た、とさっきも言っていた覚えがある。
これで自分は『彼』の前に居る権利を失った様なものになるのだろう。後は(どういう状態なのかわからないけれど)帰還するのみ…と言う訳だ。
ちゃんと帰してもらえるんだろうか…ふと不安になって声をかけようとした。
そこで気が付く。
(……あれ? 何だか…考え込んでる?)
『彼』は何やらぶつぶつ一人で思案している様だった。いや、別に思案するだけなら好きなだけしてもらって構わないのだが…妙に不安になるのは、時折ちらちらと(それ程頻度は高く無いものの)此方を見てくるのである。もう
願望を叶える事を望まない自分に、一体、何があると言うのか。
…あまり良い予感はしなかったので、余計に早く帰りたくなった。声をかける。
「あ、あの……」
「……ん? 何かな?」
「えっと、僕は現在どういう状態なんでしょう…」
「嗚呼、今の君はちょうど睡眠中じゃないかな? 『夢』を介して今はこの
白の塔と
接続している筈だからね。僕が君を送り帰せば、目覚める筈だよ」
「……何だか寝た気がしないです」
「そうだろうね。でもまあ、君の世界での実際の時間にしたら寝付いてから数秒も経っていない筈だから、その点は安心して良い」
「たった数秒でこんなに時間が過ぎたってことになるんですか……」
塔を登るのに数時間。その後、此処で話をしたり思案をしたりするのに軽く一時間は経っている気がしたのだが。どうやらこの空間の時間は、現実とは随分と異なっている様だった。とはいえ、あまり突っ込むと色々知りたくも無い諸々を知る事になりそうで怖いから口には出さないが。世の中、知らない方が良い事もある。
「あの、そろそろ僕、帰りたいです…
願望も叶えない訳ですし、留まる理由も無いですし」
「そうだねぇ」
「………」
「………」
帰還したい旨を告げた筈だが、何故だか一向に帰還する気配が無い。
思わず首を傾げた。どういう事だ。
「……あの……?」
「何?」
「……帰してくれないんですか?」
「そういうつもりじゃないんだけどね」
そう言う相手の目を見ても、やっぱり思考の欠片も読めそうも無い。何を考えているのか。何も考えていないのか。ただの気紛れならまだ良いとして……もし帰すつもりはない、とか言いだされたらどうしよう。嫌な想像に背筋が冷えた。そんなのは冗談でだって聞きたくない。
「大丈夫だよ。帰さないとかそんな事は考えていないから。だいたい、君が此処に留まった所で僕は困らないけれど君だって退屈だろうからね」
此方の不安を見越した様な発言にほっと息を付く。
しかしならば、何故彼は自分を帰そうとしないのだろう。
「……えっと、何か問題でも、あるんですか?」
「それは無いね。今直ぐにでも君は帰ろうと思えば帰れる。ただ……」
「ただ…?」
願望の話も対価の話も、まるで原稿でも読むように淀む事無くすらすらと語っていた『彼』は、今この時ばかりは何やら随分と迷っている様であった。言うべきか、言わざるべきか。そんな感じで口を開こうとしては閉じる…と言う事を何度か繰り返している。こういう姿を見ると、少しだけ人間味があるように感じるから不思議だが…『彼』をしてそこまで躊躇させる発言とは何なのだろうか。
聞くのも怖いが、しかし今更引き返す訳にも行かなくて促した。『彼』は再び何かを推し量る様に此方を見据え暫し思案したかと思えば、その上で改めて口を開く。
「君の
願望――…やり方は違うけれど、
叶える方法は在る」
「…え?」
耳を疑った。
叶える方法がある? しかも違う方法で?
「それ……やっぱり対価が酷かったりしません?」
「うーん…対価自体はゼロにする事は出来ないからね。それはどうしても負担してもらわなくてはいけない。でも…このやり方なら、確実に軽くなる。……とは思う。君の捉え方次第ではあるけれど」
「対価って、軽く出来るものなんですか…?」
先程まで『彼』が語っていた話によれば、対価は多くても少なくてもいけない様な感じではあったのだが。その決まりを覆すような事が出来る方法があると言うんだろうか。怪訝げな此方に、聞いてみる? …と言わんばかりの視線が投げられた。…そりゃあまあ、せっかくならば知りたい所だ。
「
願望と対価は等価でなければいけない。その決まりは覆せない。――…ただし、互いに互いが対価を払いあう事で補填すれば、最小限の対価で願望【ノゾミ】を叶える事は不可能じゃない。つまりは、
『対価交換』だね」
「対価、交換……」
「君の
願望を僕は叶える。その代わりに、君も僕の
願望…って程の事でも無いけれど。まあ、何がしかを叶えてもらう。そうすれば、さっきの君の『護りたい者達との関係性』を貰わずとも君に『力』を与える事は可能だよ」
「無茶苦茶な事…言われたり、しませんか? それ……」
「そんな事は無いよ。少なくとも…互いに払い合う事で軽くなる計算なのだから、そんな無茶な事を言っていたら対価を貰いすぎる形になってしまう。それはそれであってはいけない事だからね」
『彼』の言う無茶のレベルがどの程度なのかは分からないが(何と言っても命を貰うなんて大事を笑顔で言ってのける相手だ)、とりあえずは無理難題を押し付けられる…とまではいかないと思っていいのだろうか。安心するにはまだ早いにせよ、ちょっとだけホッとする。
しかしこの場合に『彼』の望む対価とは何なのだろう。人間離れした雰囲気や言動(というか、まず人間じゃないのだろうきっと多分確証は無いが)からして、まず想像が出来ないのだが。新たな不安要素に思わず尋ねた。
「………ちなみに、あなたが僕に望む対価は?」
「教えてあげよう…と言いたいのは山々なんだけれども、それは言えない。……少々繊細な問題でね。もし、この取引を受けるのをやめます…と言われた際に、対価の内容を知られているとあまり良いとは言えない事になりかねないんだ」
此処に来てまさかの情報開示の拒否に軽く面食らう。
続けて「君の記憶の該当部分を消せばまあ聞いた所で問題無いんだろうけれどうっかり違う記憶まで消してしまっては困るし」などと洒落にならない事を言い出したので「良いです聞きませんだからそんな怖い心配しないでください」と丁寧に断わっておいた。ちょっとどんな対価なのか聞いた結果、色々大切な思い出までうっかりで消されたら泣くに泣けない。
「…さて、どうする? この話、受けてみるかい? 少なくともリスクはさっきのモノより格段に少ない。試してみるのも悪くは無いとは思うけれどね」
この話を受けるか否か、その結論を求めてくる瞳を見返した。
純粋な疑問に首を傾げる。
「………何で」
「…?」
「何で、そこまでしてくれるんですか? …他の、
願望をもって貴方の前に来た人達にも、そうやっていたように思えません」
「ふふ、なかなか敏いね。確かに、他の人たち相手にここまで譲歩した事は無いよ」
「じゃあ、どうしてですか。さっき言っていた事が理由ですか」
最初の最初に、今ひとつ理解の出来ない事を『彼』は言っていた。自分の可能性だとか、何だとか…どういう意味があるのかは不明だが、少なくとも『彼』と自分は幸か不幸か分からないが完全に無関係ではないという事なのだろう。
それが関わって来るのだろうかと問えば、少しの沈黙を置いて『彼』は口を開く。
「確かに、それは零では無い。でもそれだけでも無い……かな。僕は僕なりに、それなりの得が出来る事を確信しているから君を取引の相手に選んだだけの事。別に特別扱いをしている訳でもないのさ」
「………そうですか」
「納得できた?」
「少なくとも、多少は」
「…その上で答えは決まったかな?」
「………一応は」
転がり込んできた再びのチャンス。手を延ばさずそのまま見逃すことだって出来るだろう。その方がもしかしたら賢いのかもしれない。それでも…敢えて手を伸ばす事に決めたのは、『彼』を信じてみようと思ったからだ。先程から色々と無茶な事を言ってはいたが、それでも嘘だけは言っていない。その『彼』が「試してみるのも悪くは無い」と言っているのだ。
……だからこそ、賭けてみようと思った。
「最後の確認だけれど……もう後戻りはできないよ? これ以降、キャンセルは認められない。それを理解した上で君は答えを出す。……そう思っていいのかな?」
「えぇ」
頷いた。
見上げる位置にある、自分と同じ色合いの双眸を見据えはっきりと告げる。
「受けます。その話を。……だから、
僕に『力』を下さい」
「――…
宜しい。君の決断は確かに受け取った。ならば…互いに交わすべき対価を示そう」
満足げに微笑む青年は、さっと腕を振った。袖の部分が長いその衣装が衣擦れの音を立て、視界の中で翻る。そして、一瞬だけ死角になったその影に何時の間にか佇む人影を認めて目を見開く。
それは、一人の小柄な少女だった。年の頃は、十五かその辺りか。自分とそう変わらない様に見えるその少女は、ほっそりとした体を白い夜着にも似た衣で包み裸足で立っている。一際目立つのは、無駄に明るい月明かりの下で硬質な輝きを宿す黒鋼の髪だ。艶やかな、駿馬の鬣にも似たしなやかさを感じさせるそれは腰よりも長かった。瞳は見えない。何の事は無い、眠っているのかは分からないが目を閉じているのだ。だからこそだろうか、何だか少女の姿は生き物というより良く出来た人形の様にすら見える。
「……彼女は?」
「僕がある人達から
願望と共に預かった娘だよ。……
彼女を、君に預けたい」
「……は?」
つまりそれは、この少女を連れ帰れと言う事なのだろうか。
思わぬ発言に、きょとんとする様子に説明不足だと感じたのか『彼』は続けて言った。
「彼女はとある理由から僕に預けられていた。けれどもこの地は生き物が暮らすには見ての通りあまり相応しく無い場所だ。勿論、ただ生きていくだけなら何も問題無いのだけれどね。でもそれは、彼女を僕に預けた者達の望む所では無いのさ。……だから、君に預けたい。君の生きる世界に、この娘を連れて行ってあげてくれないかな?」
「も、もしかして…それが?」
「そう。これが僕が君に求める対価……『この娘を預かって欲しい』。ね、簡単でしょ?」
「簡単って言えば確かに簡単だけれど……」
最早、引き返す事の出来ない現状で示された対価に冷や汗が出てくる。これがもし実家暮らしならばまぁ色々と悩む所はあってもまだ受け入れる自信はあるのだけれど(実家ならば人間だろうが人外だろが何が居ついていた所で慣れたものだし)、現在は日本は戌亥ポートアイランドにある『夜空屋』で下宿中の身。そんな事をして大丈夫なのかどうか。というか、預かる期間はどうなるんだろうか。もしや、これから先ずっと…という事だったりするんだろうか。
「嗚呼。ちなみに、別に一生涯共に居ろ……とは言わないよ。彼女が君の世界で、安全に普通に幸せに生きていける様、簡単な力添えをしてくれればそれでいい。将来独り立ちするならばそれでも構わないのさ」
「…そ、そうなんですか…?」
てっきり一生涯付きっきりで、という意味かと不安になっていたがどうも違った様である。
ほんの少しだけその事実に安心する。
「この娘はどうにも……一般常識どころか様々な知識が決定的に足りなくてね。此処で様々な言語や簡単な知識ならば教える事は出来たが、それでも万全ではない。実際に体験するモノと知識とでは、かなり違いもあるものだからね。何にせよ、現状では世界に独りで生きていくにはあまりにもか弱すぎる。……故に、君には擬似的な保護者代わりになって貰う事にしたのさ」
「それ、別に僕で無くても出来ませんか…?」
大人でも無いまだ学生でしかない自分で良いのか保護者。
心の底からの疑問に、『彼』はにこりと微笑む。
「君…というか、君が居る環境で無くては駄目なのさ。人界は戌亥ポートアイランド……
人間と人外が当たり前の様に集う都市。僕はそういう場所と関わりを持てるタイミングを待っていたからね。更に君は人外の存在との関わりも日常的に多い存在だ。これ程の巡り合わせもそうそう無いよ。まさに……これは必然の邂逅だ」
「…って事は、まさか彼女は…」
「そう……
人間では無い。だからこそ、誰にでも預けられると言うものではなかった。それに人外といっても少々彼女は特殊な存在でね…だから、預かり話が決定しない限りは此処に居るという事自体を秘匿しておくべきだと判断していたから、さっきはああ言った訳さ」
眠っているのか、それとも眠らされているのか。静かに佇んだままピクリとも動かないその少女の髪をそっと撫でる仕草は、意外と情のこもったものに見えた。先程の話からだけではどれ程の間『彼』が彼女を預かり育てていたかは分からないが、それでも多少は思う所があるのかもしれない。どこか、その横顔は寂しげにも見える。
「人の社会を殆ど何も知らない娘だ。苦労も多いだろうけれど……そんな苦労もまた対価の一部。そう思って、仲よくしてやって貰いたいものだね。幸い、君は人には恵まれている様だから安心だよ。両親然り、親族然り、友人知人も然り……家主もまた、然り…かな?」
「…ぇ…?」
「……ふふ、まぁこの話は此処まで。君への対価は確かに示した。その後は君次第だろう。……次は僕の対価を君に示す番だ。僕が支払う対価は先ほど言った通り、君の望む『力』を与える事」
一歩、此方へと『彼』が歩を進めれば互いの距離は一メートルも無い。直ぐ眼前に立つ青年を見上げれば、そっと延ばされた手が額に触れた。ひんやりとした、どこか体温を感じさせない指先の感触。それに意識をとられていると、囁くような声が落ちてくる。
「だから僕は君に授けよう――…
『導術』を」
そう、彼が宣言した瞬間。
指先が触れた場所から感じた何とも言えぬ違和感を自覚したと同時、クラリ…と視界が揺れた。
>>To be continued…
※あとがき※
………あれ。
今回で最後だった筈なのに。(滅)
予想外に長くなったので途中で切ったので中途半端でごめんなさい。(滅)
そんな訳で、天狼シリーズ最新作です。
今回もまた長々と…長々と……うわー…文章まとめるのが下手っぴでごめんなさい!
でもまあ、言いたい事は書けた…筈かな?
大体こんな感じです。(笑)
対価と其れに対する答え、導き出される結論は何を与えるのか。
『彼』が少年との邂逅を望む理由もまた語られる今回。
相変わらず微妙な所でぶっちぎる構成にそろそろお叱りを受けそうな予感がひしひし…。
……ともあれ。
天狼シリーズは「白の塔編」は次回が最終回。(予定)
ぼちぼち、がんばります。
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